迷走

「勇気を持ってプレーしろ」

「逃げずにチャレンジしろ」

具体的なアイデアを持たない子ども達に言ったところで何になるのか。練習していないことを試合でどうやれというのか。

ハタから見ていてかわいそうだとすら思える。

 

練習試合

小学5年生。普段の練習は担当していないので試合の週だけその子たちのプレーを見ることになるのだが、何も成長していない。毎回ひどい負け方をする。負けから得ることがない。何も修正がされていない。どんな練習をしているかわからないが毎回同じような負け方をする。

担当コーチから出る言葉は抽象的。

「逃げるな」

「勝負しろ」

プレー原則やコンセプトなんて概念は皆無。

それが全てとは言わないが、少なくとも子どもたちがサッカー選手として向かう指標となるだろう。

しかし、選手達が何を考えているのかはわからず、パスもドリブルも向かう方向はバラバラ。挙げ句の果てにラッキーで抜けたボールから点を取ってしまい「ナイス」「点を取れたことは良かった」

それが悪いと言っているのではない。悪いと言っているわけではないのだ……

 

「パスをしたら逃げるなと怒られる」

チームはゴールキックやキックオフで、必ずショートパスからのスタート。しかしその後のことは何も決められていない。全て相手に取られる。誇張なく全て。毎回同じ形でボールを受けた人がコントロールミスをするかパスミスをする。

見かねて子ども達に、周りがパスコースを作って簡単に預けてプレッシャーを回避すればいいのではないか?と提案してみた。その返しがこれだ。

「簡単にパスをしたら逃げるなと怒られる。」

何かおかしいと気づいてはいた。1人がボールを受けると必ず周りから一斉に「ドリブルー!」という声が出るのだ。受ける場所がサイドでも中でもディフェンシブサードでもどこであってもそうだった。

チームのコンセプトがそれで、どこでも全員がドリブルを始め、普段からそういった練習しているならわかる。ドリブルに特化してドリブルを強化して試合でもそうする。それならわかるが、全くそうではない。ロングパスの練習から始まり、試合前のアップではポストシュートをする。

それなのに試合になると突然、ドリブルをしないといけない(と思っている)。

この場合本当にドリブルをしろと言われパスをしたら怒られるのかどうかは問題ではない。少なくとも子ども達にはそう伝わっているのだ。

子ども達の「怒られる」発言を聞いてから真偽も真意もわからず驚いてしまったので、慌てて『「パスをする」ことと「パスをさせられる」ことは違う』と言ったがこれは多分伝わってない。諦めてしまった。その日何を言ったところで意味がないと察したが、それは自分の能力不足も踏まえてのことだ。

 

この子たちには積み上げてきて得た何かがない。何も持たずに負け戦に駆り出されている。器用貧乏にすら成れていない。

自分たちが「何ができるようになったのか」がわからず、何をすればいいのかがわからない。

「頑張る」「声を出す」「走る」「戦う」

そんな言葉遊びだけでサッカーはできない。

 

 

「迷走」

フィールドにはこの2文字だけがフワフワと浮いている